本格的な稽古がはじまった。稽古というのは本当に地味で地道なものだ。七奈さんがテキストを読み上げ、それについてながらさんがフィードバックを返す。ときおりテキストから離れた会話をすることもあるが、そのうちまたテキストを読みだし、フィードバックする。これをひたすら繰り返す。
『声』という作品は、主人公の「女」が「あなた」と電話をする(だけの)一人芝居だ。テキスト上では「あなた」から発せられる言葉はひとつもない。だが、いや、だからこそながらさんは、通話相手である「あなた」の方の人物像や置かれている状況について想像することを重視する。それが跳ね返って「女」自身の言葉や身体に影響を与えるからだ。
読みながら、ひとつひとつの言葉が生成するに至った経緯、相手の発話や主人公自身の感情の変化などを、細かく立ち止まって検討し、想像し、反映させていく。そうやって、戯曲の言葉が立ち上がり、世界が膨らんでいく。
ある日稽古場に、美術の丹治さんによっていくつかのマテリアルが運び込まれた。実際に皆でそれらを触りながら空間全体のイメージを広げていく。それに触れながら七奈さんが台詞を発すると、出てくる声や身体にも変化が現れるから面白い。
丹治さんははじめての舞台美術とのことだが、とても楽しんでいるように見える。いや、わかんないけど。でも楽しんでくれてたらいいなとなぜか私が思っている。
この戯曲には本文よりも前にコクトー自身によるノートがあり、この作品のねらいや配役や装置等についてある程度の水脈がつけられている。さらには訳者による「解題」も付記され、トップダウンの形で、この作品の上演にあたっての輪郭をあらかじめ刻んでいる。
一方で、この戯曲を読み込んでいくと、一つひとつの台詞から、彼らの注記とは異なる印象や意味が読み取れることがある。そしてそれらは1箇所だけじゃなくあらゆるところに見られる。そこからボトムアップ的に、戯曲が含んでいる多くの「意味」を更新することができる。
だが、ときに稽古場では、トップダウンでもボトムアップでもない形で戯曲が読まれることがある。それは、アブダクション(仮説形成)的な読みだ。「なんかさ、実はこうなんじゃない?」という思いつき以上確信未満の仮説によって、これまでの読みを別のステージに移行させるのだ。
これが起こると、その現場はとても楽しい。私たちは、この現象を引き起こすために、いろんなおしゃべりをしているのだ。そして実際に何度も遭遇している。だから、いま、とても、稽古が楽しい(私だけ?)。
書き手・兼島拓也
(毎週火曜更新)
□□プロフィール□□
兼島拓也[かねしま・たくや]・・・劇作家。1989年、沖縄市出身。 演劇グループ「チョコ泥棒」および「玉どろぼう」主宰。主に沖縄県内で演劇活動を行い、沖縄の若者言葉を用いたコメディやミステリなどのオリジナル作品を創作している。2022年、『ライカムで待っとく』(KAAT神奈川芸術劇場プロデュース)で、第30回読売演劇大賞優秀作品賞を受賞。同作で第26回鶴屋南北戯曲賞および第67回岸田國士戯曲賞の最終候補となる。今回初めてドラマトゥルクとして参加する。
http://chocodorobo.com/
□□公演概要□□
「出会い」シリーズ①
和田ながら×新垣七奈 ジャン・コクトー『声』
日程:10月21日(土)19:00/22日(日)14:00
会場:那覇文化芸術劇場なはーと 大スタジオ
料金:一般:2,500円 U24(24歳以下):1,500円 障がい者割引20%
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