『花売の縁オン(ザ)ライン』 現地リサーチ・レポート(大宜味村)
原作となった組踊『花売の縁』の舞台となるのは沖縄本島の北部に位置する大宜味村。2024年2月および8月の2度にわたって、われわれは大宜味まで現地リサーチに向かいました。そのときに見たもの、感じたこと、知ったこと、それらが今回の
『花売の縁オン(ザ)ライン』の戯曲に非常に大きな影響を及ぼしました。
今作では、山の上にある「異人館」に欧州の宣教師たちを収容(というよりおもてなし)しているという設定から物語がはじまります。その「異人館」のパートと、原作のストーリラインを踏襲した「道行」のパートを交互に見せながら、今作の物語は展開します。その発想の元となった、リサーチ過程で訪れた場所をいくつかピックアップしてご紹介できたらと思います。
●塩屋漁港
塩屋大橋を渡ってすぐ左手にある塩屋漁港。至って普通の漁港なのですが、塩屋湾のゲートのような場所であり、我々はここでぼんやり佇みながら、昔からいろんな船が出たり入ったりする様子を想像したりしていました。
漁港の敷地内にはゲートボールなどができそうな広場が整備されていました。もしかしたら地域のお年寄りの方々のレクリエーションやコミュニケーションの場所として賑わっているのかな?
●塩屋湾
漁港からすぐ、道向かいの細道を進むと塩屋湾があります。ここはペリー来琉時に、一団が調査のために来航した地でもあるようで(『ペリー提督日本遠征記』など)、その際の調査記録の海図には塩屋湾が「SHAH BAY(シャーベイ)」と記されています。
のどかな塩屋湾をながめていると、本当に時間が止まっているかのような感覚になります。ぽつんと浮いている一隻の小舟も、なかなかの風情です。
8月に訪れた際には、数日前にウンガミが開催されたようで、その際に使用されたサバニを見ることができました!
(普段は倉庫の中に収納されているみたい。ラッキー!)
●塩屋の集落
この写真の左側の、柱と屋根だけで構成された建物は「神アサギ」と呼ばれていて、神を招いての祭祀を行う場所。その隣の右側の建物は、写真では見えづらいですが「森川こども会館」という看板が付けられていて、この塩屋の地で『花売の縁』あるいは「森川の子」がどれだけ親しまれているかがわかります。
この建物の反対側、そのまま振り返ると大きなガジュマル。その脇に鳥居があって、その奥に祠が二つあります。そこには森川の子が「製塩の祖」として祀られているのだとか。
そこから少しだけ歩くと小高い丘のようなところがあって、そこには『花売の縁』のなかで詠まれている歌が、石碑として佇んでいました。
ちなみに塩屋ではありませんが、塩屋からすこし南下した津波(つは)という集落に、「森川子之遺跡」と書かれた石碑があります。この津波は、今作で乙樽&鶴松が猿たちと出会う場所です。
●旧塩屋小学校
もともと大宜味間切の番所があった場所であり、今作で猿たちが目指していた場所です。現在は小学校も廃校となり、「やんばるアートフェスティバル」の会場として利用されたりしています。
塩屋湾に面する右側の建物が、小学校の体育館です。このときには中に入れてないのですが、体育館の窓から眺める塩屋湾の景色はとても素晴らしいことは(見なくても)わかります。
小学校の敷地内に、謎の黒い大きな水槽(?)があって、ここで何か、養殖かなにかしてたのか……? この場所のデカさと謎さから、作家の頭のなかではあらぬ妄想がモクモクと湧き立ち始め、今作のある重要なモチーフとつながっていきました。
●ホテル・サンセットビューインシャーベイ(Sunset View Inn Shah Bay)
こちらは大宜味村田港にあったホテルで、いまは廃業し、解体も途中で停止しており、廃墟となっています。1986年に「リゾーピア・ホテル友善」として開業し、途中で「サンセットビュー・イン・シャーベイ」に改称。
いまは廃墟となったこの場所、この空間、この建物をモデルに、今作の「異人館」の設定を構想しました。田港の山の上にある、宣教師たちを仮住まいさせている館。この「シャーベイ」に、ペリーが来てたらと空想するとどんどん膨らんでおもしろくなっちゃいます。もちろん当時この建物は存在していませんが。
おなじ敷地内にあるレストランの運営会社がここも管理しているらしく、ご厚意で案内をしていただけました(残念ながら、現在レストランは休業してしまっています……)。
先の写真では2階建に見えますが、実際はもっと高かったようです。真裏にまわると、次の写真のような感じです。地下2階くらいまではフロアがあった模様。この廃墟を背にして山の下を眺めると、そこからは塩屋湾が一望できて、それはそれは絶景なのです。
廃墟好きとしては終始テンションが上がりっぱなしの状況ではありましたが、とても危険なので勝手に入ったりはしないようにしてください。必ず管理者の方に連絡・確認を。われわれは2月に訪問した際には運良く中の方も少しだけ見ることができたのですが、8月に行った際は建物の中には入れず、外観を眺めるだけでした。
●笑味の店、笑味の畑
大宜味にある有名店、笑味の店にてランチ! お店の目の前で採れた野菜たちをふんだんに使った料理は、風味もボリュームもとても豊かで、大大満足な時間でした。お店に入った瞬間の、独特で魅力的な匂いがすごく印象に残っています。「異人館」がそういう匂いで満たされているといいなというなんとなくの発想がまず生まれ、そこから設定がいろいろ膨らんだり繋がったりしていきました(ですが、作中では途中からダークな様相も呈しますが笑)。畑にはいろんな種類の野菜たちが植えられていて、眺めながら散歩するだけでウキウキしちゃいます!
レポート作成:兼島拓也
リサーチ日:2024年2月26日、8月29日
□□プロフィール□□
兼島拓也[かねしま・たくや]・・・劇作家。1989年、沖縄市出身。2013年に演劇グループ「チョコ泥棒」を結成し、作・演出を担当。沖縄の若者言葉を用いた会話劇を得意とし、コメディやミステリを軸としたオリジナル作品の上演を行う。また、琉球舞踊家との演劇ユニット「玉どろぼう」としても活動。2022年、『ライカムで待っとく』(KAAT神奈川芸術劇場プロデュース)で、第30回読売演劇大賞優秀作品賞、第26回鶴屋南北戯曲賞・第67回岸田國士戯曲賞最終候補となり、2024年神奈川、京都、久留米、那覇にて再演。また、『刺青/TATTOOER』(脚本)を日英にて上演。その他の作品に『ふしぎの国のハイサイ食堂』(NHK、第31回オーディオドラマ奨励賞入選)、『Folklore(フォークロア)』(第14回おきなわ文学賞シナリオ・戯曲部門一席)など。
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